[αź]記憶じゃ足りない、記録じゃもったいないじゃないか。

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ども。みなさん理学療法士のあずき (@azucky824です。

理学療法士として働き始めてからというもの、忙しい忙しいといろいろと言い訳をしながらブログにかける時間をかけずに来ています。

もちろん、ブログそのものにかかる時間なんてほんのわずかでしかなく、「時間がない」なんていうのはいつの時代も怠け者のセリフであろうということはよくよく知っています。

実際こうしてキーボードの前に無理くりにでも言葉を綴れば、この記事くらいの「日々思っていること」「現状報告」くらいであれば容易に短時間で書けるわけで。

もちろん、理学療法士として忙しいのも本当で、やれ疾患のまとめだ、英文を読むだ、目の前の患者さんに向かうだとそれはそれはてんやわんやしていますが、なんでも100%それだけに費やすなんてことは心の健康上あまりよろしくありませんよね。

そんなわけで、今日は少し、リハビリもかねてこのブログ自体の話にも通じる「記録すること」についてお話を広げてみたいと思います。

記録することの意義

僕は読むことが好きです。

小説も好きだし、絵本も好きだし、漫画も、雑誌だって好きです。

今読んでいるものが、ページをめくってどんなふうに展開しているのかを考えては胸をときめかし、その答えを次のページに求めます。

これは人とのコミュニケーションにも当てはまっていて、この言葉や行動で相手はどう思うんだろう?どう反応するんだろう?というのを僕は常に見ています。

それは人間観察でもあり、素人なりの心理学でもあり、それでいてそこはかとない興味本位なのだと思います。

そのため、僕にとって自分の予想を出すために分析する材料となるのが、記録なのです。

過去はすべからく未来のためにあるのだ、と僕は常々思っていて、未来に活かせられない過去はなんの価値もないのだとそう信じています。

当ブログ「あずきろく」は、僕自身が考えたことや感じたこと、そして事実として、理学療法士になるための努力や出来事を書いておきたいと思って作ったものです。

見返すこと

さて、もう一つ大事なことは「見返す」ということ。

過去そのものを忘れないことではなにも変わりません。「じゃあ何をするのか」「じゃあこれからどうなるのか」という点を考えるためには、その材料をもう一度見渡す必要があるのです。

僕はブラック企業に務めていたので、個人個人のサービス精神が自分たちを苦しめることを知っているし、個人にかかっている負担が大きければいつか大きなしっぺがえしが来ることを知っています。

だから、新入社員の立場だけれどおかしなことは早い段階できっちりと潰して置く必要があると思っているし、効率化できるならどんどんとしていくべきだと考えています。

もともと営業マンだったから、患者さんと接するとき、プロフェッショナルでいる努力をするべきだと思うし、必要な説明は省くべきではないと思っています。

記憶じゃ足りない、記録じゃもったいない、見返しもセットでようやく・・・

記憶はひどく曖昧なものだし,記録だけじゃあ役に立たない.見返しや分析がそろって初めて、行動に移せるわけで。

そういう意味じゃあ、僕はこのブログを書いていてよかったと思うことは多いし、今ここに書いていく意味ははてしなくあると思う。だから、つまんないサボり心で書くのをやめちゃいけないんだと思うんですよね。

他の誰の役にたたなくても、きっと将来の自分のためにはなって。

きっと僕が理学療法士として成長したら、多分それは世の中のためになるのだと思うわけです。

是非僕に期待してほしいし、期待が持てるかどうか判断する材料はこれから発信していきたい。

理学療法士としても、ひとりのブロガーとしてもどんどん成長していく予定だし、「明日やろうはバカ野郎だ」とどこかのドラマで聞いたセリフを、誰かに言われないように、頑張っていきたい。

この記事を書いた人

azucky824

1987年生まれ ゆとり第一世代。実家は千葉で代々漁師の家系。
大学で上京し、住宅営業マンを経て現在は理学療法士を目指して専門学校生。
好きなものを語る場としてこのブログを管理・運営してます。